不妊治療体外受精・胚移植
体外受精について
日本産婦人科学会の会告における体外受精を施行する対象者は「被実施者は挙児を強く希望する夫婦で、心身ともに妊娠・分娩・育児に耐え得る状態にあるものとする(平成26年6月)
「体外受精は、これ以外の治療によっては妊娠の可能性がないか極めて低いと判断されるもの、および体外受精を施行することが、被実施者またはその出生児に有益であると判断されるものを対象とする。」となっており、その医学的適応は下記の如くです。
適応
- 卵管性不妊症(両側卵管閉塞)
- 男性不妊症(乏精子症や精子無力症などの精子に原因)
- 免疫性不妊症(抗精子抗体や子宮内膜症など)
- 原因不明不妊症など
体外受精・胚移植は排卵直前に卵胞を経膣的に超音波装置で観察しながら針で穿刺し、卵胞液と一緒に取り出した卵子と精子を体外の培養液中で受精させます。
その受精した受精卵をさらに体外培養し、正常に細胞分裂を繰り返して得られた良好胚を2〜5日目に子宮内に胚移植します。
受精障害の確認など検査的な意味もあります。
高度生殖補助医療(ART)流れ
- 卵巣刺激(卵子を育てる、数を増やす)
- 採卵前に排卵誘発剤の使用の可否や薬剤の種類をホルモン値など検討したうえで、自然または排卵誘発剤を使用し、数個~10個前後の卵胞を育てます。
- 卵巣刺激の種類と方法について
- 麻酔(全身麻酔、局所麻酔、無麻酔)
- 卵胞の個数や採卵の難易度により、無麻酔、局所麻酔または全身麻酔を選択します。
- 麻酔について
- 採卵(卵子を採取する)
- 卵胞の大きさやホルモン値などにより採卵の時期を決定します。
- 採卵について
- 受精(精子と卵子を合わせる)
- 採卵した卵子と精子を培養液中で混和させる(培精)
- 受精について
- 胚の培養
- 胚移植(受精卵を子宮内へ戻す)
- 順調に分割した良好胚を2〜5日目にカテーテルを用いて子宮内に移植します。
- 日本産科婦人科学会は2008年4月に妊娠・分娩における母児リスクが高くなる多胎を防止する目的で移植胚数1個を原則としています。
- 胚移植について
- 妊娠判定
卵巣刺激方法
(1) 完全自然排卵周期
月経が規則正しい方(30日前後)で黄体機能不全がないなどの患者さまが対象になります。
完全自然排卵周期の場合は排卵誘発剤を全く使用せずに、脳下垂体から分泌される内因性FSH (卵胞刺激ホルモン)による自然な卵胞の発育をみていきます。月経2〜3日目から経腟超音波を用いて卵胞が16mm前後に発育するまで定期的に卵胞を測定していきます。また、同時にE2(卵胞ホルモン)、LH(黄体化ホルモン)などのホルモンも毎回測定し、卵胞径とホルモン値から卵の成熟度を予測し、採卵可能かどうか判定します。採卵が決定したら排卵させるための点鼻薬(GnRHa)を使用し、32〜36時間後に採卵します。点鼻薬使用時の黄体化ホルモンのサージが起こっている場合は次の日、サージのピークが過ぎている場合は、当日、緊急採卵を行うこともあります。
採卵時に既に排卵しており採卵ができない場合もあります。
自然排卵周期では採卵数は通常1個となります。良好胚が獲得できれば、採卵後、2日目、3日目の初期胚または5日目、6日目胚盤胞の段階で1個のみ移植します。
卵子が複数個採取できた場合、余剰胚は初期胚または胚盤胞で凍結します。
自然排卵周期は排卵誘発剤を使用しないため、患者さまにとって、一番負担の少ない方法です。
(2) 低用量排卵刺激周期
軽度月経不順の患者さまが対象になります。
月経2日目または3日目に受診していただき、超音波検査で遺残卵胞がないことを確認します。月経開始3日目から内服薬の排卵誘発剤(セキソビット、クロミッド)のみを服用し卵胞発育を助けます。卵胞が18mm前後に発育するまで定期的に卵胞を測定していきます。また、同時にE2(卵胞ホルモン)、LH(黄体化ホルモン)などのホルモンも毎回測定し、採卵日を決定します。採卵が決定したら排卵させるための点鼻薬(GnRHa)を使用し、32〜36時間後に採卵します。点鼻薬使用時の黄体化ホルモンのサージが起こっている場合は次の日、サージのピークが過ぎている場合は、当日、緊急採卵を行うこともあります。
採卵時に既に排卵しており採卵ができない場合もあります。
セキソビットは作用が弱いですが、副作用が少ないため、完全自然周期の次に自然な方法です。
クロミッドは、良好胚が獲得できた場合でも、子宮内膜環境の阻害により着床率が低下する場合があるので、受精卵は移植せず凍結することもあります。
軽度の月経不順の患者さまが対象になります。
フェマーラは男性ホルモンを女性ホルモンに変換する酵素のアロマターゼを阻害することにより、女性ホルモンを低下させ、その結果、卵胞発育を促すFSH分泌量を増加させる働きがあると考えられております。月経2日目または3日目に受診していただき、超音波検査で遺残卵胞がないことを確認します。月経3日目から3日間フェマーラを服用し、卵胞発育を助けます。定期的に血液検査でE2(卵胞ホルモン)、LH(黄体化ホルモン)値を評価しながら、卵胞が16〜18㎜まで発育したら採卵日を決定します。良好胚が獲得できた場合でも、子宮内膜厚やフェマーラ投与終了時期により、受精卵は移植せず、凍結することもあります。
AMH値が保たれている患者さまが対象になります。
月経2日目または3日目に受診していただき、超音波検査で遺残卵胞がないことを確認します。クロミッドを連日服用し、月経8日目ころから定期的に血液検査でFSH(卵胞刺激ホルモン)値を評価しながら、FSH注射の投与量を決定し、過剰投与にならないようにします。また、定期的に血液検査でE2(卵胞ホルモン)、LH(黄体化ホルモン)値も評価し、卵胞が16〜18㎜まで発育したら採卵日を決定します。複数個卵胞が発育することにより、良好胚獲得する可能性が大きくなりますが、子宮内膜との同調性が悪くなるため基本的には、全卵凍結します。
軽度の月経不順の患者さまが対象になります。
月経2日目または3日目に受診していただき、超音波検査で遺残卵胞がないことを確認します。月経8日目ころから定期的に血液検査でFSH(卵胞刺激ホルモン)値を評価しながら、FSH注射の投与量を決定し、過剰投与にならないようにします。また、定期的に血液検査でE2(卵胞ホルモン)、LH(黄体化ホルモン)値も評価し、卵胞が16-18㎜まで発育したら採卵日を決定します。良好胚が獲得できた場合でも、子宮内膜厚やフェマーラ投与終了時期により、受精卵は移植せず、凍結することもあります。
セキソビット単独では、卵胞発育が弱い患者さまが対象になります。
月経2日目または3日目に受診していただき、超音波検査で遺残卵胞がないことを確認します。定期的にFSH値を評価しながら、必要最低量のFSH注射を追加投与していきます。
(3) 過排卵刺激周期
高温中期(ロング法)または月経3日目(ショート法)より連日点鼻薬を使用することにより、内因性のFSH(卵胞刺激ホルモン)、黄体化ホルモン(LH)の分泌を抑制します。このため自然に起こる排卵を抑制すると同時に、卵誘発剤(FSH/HMG)を連日注射することにより、1回に排卵する卵子の数を増やします。卵胞がおよそ約18mm径になるまで誘発をした後、排卵させるためのhCGの注射により、成熟させて卵子を採取(採卵)します。
完全自然周期のメリット
- ホルモン値を見ながら、必要最小限の排卵誘発剤のみを使用するため、卵巣や、体に対する負担が少ない方法である。
- 過排卵刺激による連日注射により多くの卵胞が誘発されますが、消失する卵胞も多数あります。この卵胞の減少を防ぐことができる。
- 高齢または卵胞の少ない人でも、自然排卵があれば可能。
- 毎周期繰り返し行なうことが可能。
- 卵巣過剰刺激症候群の発生が少ない。
- コストが安価である。
- 卵の数が少ないので無麻酔、局所麻酔薬で採卵ができるため採卵後1時間くらいで帰宅可能。
完全自然周期のデメリット
- 過排卵刺激周期のように排卵を誘発する黄体化ホルモン(LH)を抑制するGnRHa(点鼻薬)を使用しないため、自然排卵が起こることがある。
- 少数採卵のため良好胚が獲得できず、移植が出来ない可能性がある。
- 採卵日が直前にしかわからないため、予定が立てにくい。
麻酔
局所麻酔
完全自然排卵周期や低用量刺激周期の場合、発育卵胞が少数のため、無麻酔または局所麻酔で行います。
採卵後、30分〜1時間で診察後問題なければ帰宅できます。
全身麻酔
過排卵刺激周期または低用量刺激周期でも発育卵胞が多い場合には、採卵前に点滴を設置し、静脈麻酔薬やガス麻酔を使用し全身麻酔を行います。採卵後、麻酔から覚醒したら、診察して問題なければ帰宅できます。
(注意)麻酔中もし嘔吐した場合、吐物が肺に入り、誤嚥性肺炎を起こすことがありますので、排卵予定日前日の夜9時以降は必ず絶飲絶食としてください。
採卵
卵子は卵丘細胞に包まれ卵胞液中に存在します。この卵胞を超音波下に細長い針を用いて経膣的に卵胞を穿刺して、卵胞液を吸引し、卵を採取します。採取された卵子はシャーレに移して顕微鏡で確認後、培養液の中に移します。
精子の状態や卵子の受精能力など考慮して、体外受精(媒精)または顕微授精を行います。
媒精後、場合によってはレスキュー顕微授精を行います。
精子の調整
精子は排卵当日に採精室において採取し(御主人が当日来院できない場合は持参)パーコール撹拌密度勾配法を使って分離した後、洗浄し、スイムアップ法により運動良好精子を回収して受精に使います。
精子の凍結
採卵当日に精液を提出できない場合や精子の状態に不安がある場合、事前に精子を凍結保存することができます。
受精
媒精
シャ-レの中で洗浄した運動良好精子を一定の濃度にして、採取した卵子と一緒にして受精を待ちます。
顕微授精のように卵子に針を穿刺する負荷はなく、自然な形で受精させることができます。
十分な数の運動精子が必要であり、且つ過去の媒精で受精障害が認められない場合に適応となります。
顕微鏡受精
精子が極端に少ない、または体外授精を繰り返し試みても受精しない場合や受精率が大変低い場合は、顕微授精を選択します。専用の顕微鏡下で、良好な運動精子1個を成熟卵子の細胞質内に直接注入させて、受精を起こさせる方法です。
レスキュー顕微授精
体外受精(媒精)を実施した数時間後に受精しているか確認をします。
受精の兆候として第二極体の出現等が観察されます。
未受精と判断した場合、当日中(採卵が朝であれば夕方)に顕微授精を行います。これをレスキュー顕微授精といいます。
しかし、当日中に受精の判断をするのは困難であり、レスキュー顕微授精を実施したことで多受精卵になる危険性もあります。採卵当日の夕方に受精の有無がはっきりしない場合、レスキュー顕微授精は実施できません。
胚の培養
培養液を専用容器に入れ、インキュベーター(培養器)内で最長6日目まで培養を継続します。
1日目 |
受精している場合、前核が確認できます。 |
---|---|
2日目 |
2細胞~4細胞に分割しています。 |
3日目 |
6細胞~8細胞に分割しています。 |
4日目 |
分割した割球同士が結合し、桑の実のような形に変化します。(桑実胚といいます。) |
5日目 | 桑実胚の中心に空洞ができ、胚盤胞という形になります。 胚盤胞まで発育した受精胚は胚移植または凍結を実施します。 |
6日目 |
発育が遅れている受精胚は、6日目まで追加培養して、胚盤胞まで発育した受精胚は胚移植または凍結を実施します。 |
胚移植
- 自然排卵周期の移植
- ホルモン補充周期の移植
胚移植の方法
胚移植はソフトチューブを用いて胚を子宮内に戻す方法です。
胚移植時は分割卵の状態、状況により採卵後、2回目(4細胞期)、3回目(8細胞期)
5日目あるいは6日目に胚盤胞期に行いますが、良好胚が得られない場合は、胚移植を行わず、その不良胚は破棄します。
また、着床に阻害因子が存在する場合や、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の危険性が高い場合には、全卵を凍結保存し、次周期以降に胚移植を行います。
胚移植の数に関しては多児防止の観点から日本産科婦人科学会の指針に従い、原則1個とさせていただきます。
透明帯開孔法
透明帯開孔法とは透明帯に人工的に孔を開けて、着床しやすい状態にする技術です。
透明帯とは卵の殻のように卵子の細胞質の周りに存在する膜です。
通常では発育した胚が透明帯を破って子宮内膜に着床しますが、自力で孵化することができない場合もあります。胚移植反複不成功例、患者さまが35歳以上、凍結融解胚、透明帯肥厚胚などではその傾向が高いと考えられ、透明帯開孔法を施行しています。
胚の凍結保存
胚移植する受精胚は原則1個です。余った胚盤胞は凍結保存し、別の周期に融解し胚移植します。
またホルモンの値や子宮内膜の状態が良くない場合、採卵周期では移植せず凍結保存を行い、着床環境を整えてから胚移植を行います。
妊娠判定
胚移植、約5日後に行います。
妊娠率
対移植妊娠率:58%(平成27年度実績)
代替手段
培養液中に入れる血漿は、本来は患者さまの血液を分離、不活化して使用しますが、当院ではアーバイン・サイエンティフィック社製のSSSを代替血漿として使用しています。
SSSは厳正なる試験(感染症・毒性試験等)に合格した血清です。
患者さまのご希望で、自己の血漿を使用されるときは、当院では体外受精の前に自己血漿が使用可能かどうか、検査(感染症検査、サバイバルテスト、精子機能検査など)をさせていただきます。
副作用
- 卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
卵巣過剰刺激症候群は、排卵誘発剤やhCG投与により、卵巣腫大、胸・腹水を主徴とする病気です。ほとんどは経過を見るだけで自然に軽快しますが、重症例では入院治療が必要となる場合があります。最悪の場合には、血液が濃縮されることにより、脳梗塞、肝・腎・心・肺機能障害により多臓器不全になり、致死的な状態に陥ることもあります。
卵巣過剰刺激症候群は若くて、卵巣の反応性が良い方や、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の方に発症しやすいことが知られています。おなかがはる(腹部膨満感)、下腹部痛、吐き気、嘔吐などの症状ができた場合や、急に体重が増えてきた時などはすぐに受診してください。 - 採卵時の腹腔内出血、臓器損傷、感染などの可能性があります。
腹腔内出血、臓器損傷の場合高次医療施設での処置が必要になることがあります。 - 多児妊娠
多児妊娠率:15~20%(自然妊娠よりは高率)
多児妊娠では、妊娠中毒症の発生率が約5倍、前期破水が3倍、早産が約10倍に上昇するという報告があります。 - 流産率:20%~25%(年齢によっても異なります)
通常妊娠の流産率:10~15% - 子宮外妊娠:5%前後
内外同時妊娠の可能性もあります。
費用
健康保険はききません。
卵巣刺激、採卵、培養、受精、薬剤などに要する経費は別紙
費用を補助するために、市・県からの補助金制度があります。
遺伝的リスク
体外受精など生殖補助医療の技術向上により、現在日本では1年間に1万人以上の赤ちゃんが生まれていると推測されています。既に世界中では過去10数年間に数十万人の赤ちゃんが出生し、世界各国で出生後の赤ちゃんの発育状況を追跡調査し、数多くの報告がされておりますが、体外受精により出生した赤ちゃんが、自然に妊娠した赤ちゃんよりも異常率が高くなるという報告は少ないようです。今までの統計では先天異常児は1%強とされており、この頻度は自然妊娠での発生頻度とほぼ同じぐらいと考えられておりますが、現時点では先天異常、また児の長期予後についてはまだ判明していない点もあります。
遺伝情報は卵の核にも、細胞質にもあり、姿かたちは両親に似ているが、提供者の遺伝情報も持ち安全性や倫理上の問題点は大きいと指摘されています。
卵の劣化などが原因で、40歳以上の流産率が極めて高くなることや、21トリソミーのような染色体異常児の出生頻度が急激に高くなることがあります。
不妊相談に関して
現在の治療内容、今後の治療方針などの医療相談だけではなく、あらゆるご相談をお伺いして、その解決をサポートいたしますので、医師、看護師、または専属カウンセラーにお気軽にご相談ください。
個人情報保護法に関して
我々生殖医療の実施登録施設は、毎年、日本産科婦人科学会に年間の成績を報告する義務があります。
また、これらの成績を学会などへ発表することもありますが、目的に必要な範囲内でのみ成績を取り扱い、その成績の取り扱いには細心の注意を払い、個人情報の保護につとめます。